Summer Rayne Oakes

エコモデル、サマー・レイン・オークスさんに
インタビュー Vol.1
Interview to Ms. Summer Rayne Oakes - Vol.1

エコモデルの第一人者、サマー・レイン・オークスさん。
グリーンファッションブランドのモデルを務めながら、環境問題を訴え続け、ペイレスのエココレクションでのコンサルティングなども行っています。
アメリカでグリーンファッションがここまで広まったのは、彼女の力によるところも大きかったと言えるでしょう。
そんな、美しいうえに聡明で、環境や社会のことを考える素晴らしい女性、サマー・レインさんにインタビューを敢行しました!

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サ マー・レインさんは、子供のころから環境に興味があり、高校では環境クラブに入り、大学では天然資源と昆虫学を専攻されていたとのことですが、一般的に、そういったことに興味がある人はファッションや華やかな世界に興味がない傾向があるように思います。エコモデルになった経緯を教えてください。

正直なところ、エコモデルという言葉はあまり好きではないんです。皆、私が着ている服にしか興味がないからです。
私は、その裏にあること、エコシステムや生態学のことのためにこの業界に入ったのであり、環境という狭い世界の殻を破ろうとしたのです。
当初、ファッションに関する知識は何もなかったのですが、ファッションという世界はメディアをとても上手に利用しているということを認識していました。
デザインに関する経験も一切なかったのですが、いろいろと調べた結果、モデルになるというアイディアを思いついたのです。ただし、こっそりとこの業界に入りこもうと決め、デザイナーのことなどを色々と調査しました。
そこで、ある週末に荷物をまとめて、バスで大学からニューヨークに出て来ました。そのときに、後にパートナーになった人、その後の関係を築いていくことになった人などにも会うことができました。
そのうちの1人が、バーバラ・クレーマーさん(グリーンファッション展示会主催者)ですが、6-7年前、誰もグリーンファッションなんて言葉すら知らない頃に、彼女たちとそのことについて話し合ったのです。そして、グリーンファッションの話題づくりをしたり、環境や社会に意味のあるブランドのモデルをしたり、といったことで彼女との関係を築いていきました。
モデルをすることにより人々への教育を促進でき、ファッション業界の人とつながりができ、私自身のキャリアとしても、慈善活動に関することができるようになりました。もちろん、これは、まだ完了したわけではなく、これからも続けていくことではありますが。

自分の仕事を通して、他のモデルたちに影響を与えられたら、と思っているのです。
モデルたちが、「この会社のモデルはしないわ。だって、労働搾取しているし、香水には有害な化学薬品を使用しているし。」と、何かを支持してくれるようになれば。ブランド側も、価値を生み出すために、こうしたことを支持するようになるのではないかと思うのです。
つまり、私は、価値と物とスタイルとがすべて実現できることを求めていて、私の仕事がそうなればいいなと思っているのです。

どのようにして、モデルになるというアイディアを思いついたのですか。

最初は、既に有名になっているセレブやモデルやタレントなどのパートナーになり、彼らに(環境・社会関連の)プロジェクトをする手助けをしようと思ったんです。
でも、そういった人たちは、環境問題を趣味の一環として、あるいはあくまで副業としてしか考えていないということがわかったのです。
こういったことは、熱意がなければうまく行きません。
熱意がないのに半年かけて映画の撮影をしたり、 自分の理念に合致していないブランドのファッション撮影をすれば、意味のあるそれ以外の仕事を否定することになってしまいます。
私がこういったことに関わってから8年、地位を確立するまでに5-6年かかりましたが、既に名前が売れている人のパートナーになればもっと早かっただろうと思います。

当時は、(エコモデルは)まだ誰もやっていないことでした。
今でもそうです。ただ環境について語るのではなく、自分の得意分野を活かし、モデルをしたりコンサルティングをしたり、理事会に入って組織の運営に関わったり。
人はそういうことをするのは大変だと言いますが、私はこうして水準を上げていくことは良いことだと思っています。人と違うことをしたり、業界のスタンダードというドアを閉めて、裏口から入っていくような、これまで人がやったことがないような、ある意味起業家的なアプローチをすることで、皆が興味を抱くのではないかと思ったのです。
ビジュアル的に(環境を)アピールするという、これまでにはなかった手法でコミュニケーションをとることに成功したのではないかと思っています。

モデルとしての最初の仕事、これまでに一番楽しかった仕事は何ですか。

最初の仕事は、仕事というか、最初はキャリアをつけるために色々と投資をしたので、プロジェクトと言った方が良いと思いますが、オーガニックポートレートが最初でした。
フォトグラファーのジョン・F・クーパーとスタイリストのピーター・ブラウンとの仕事です。
彼らは、トップモデルを起用して、都会的なテイストだけどナチュラルな要素のある写真を製作していました。
この写真をどうするんですか、と聞いたら、本にして販売して資金を集め、熱帯雨林の救済に使うということでした。
だから、このプロジェクトに参画したいけれど、もっとサステナブルことをしたい、と伝えました。サステナブルなこととは、サステナブルなデザイン要素を加えられるのか、どの熱帯雨林を救済するか選ぶことができるのか、取引全体に参画ができるのか、このプロジェクトをすることで環境に関する教育ができるか、といったことです。
こういったプロジェクトは今では多くの企業が行っていますが、当時はまだそういう時代ではありませんでした。当時、真剣にそうしたことを行っていた企業は、アヴェダぐらいだったのではないかと思います。

これは、非常におもしろいプロジェクトでした。考えたことすべてが実現できたわけではありませんが、部分的には実現しました。
たとえば、2005年に、エコファッション101というプロジェクトを立ち上げました。フィラデルフィアの学校で行った、サステナビリティや環境に関する教育プログラムです。
このプロジェクトはしばらく休止していたのですが、最近また別のクライアントとサステナブルな教育カリキュラムを開始しました。若い人たちのためのポップカルチャーとライフスタイルが主題のカリキュラムです。

この仕事以外でも、色々な方との関係を築きました。たとえば、バーバラ・クレーマーや、バハー・シャパーなどエコデザイナーたち。
楽しかった仕事はたくさんありましたが、仕事といっても、私にとってはお金をもらうということが目的ではないので、投資しながらデザイナーたちとの関係を築き、この業界で成長してきたのだと思っています。

最初に国際的なファッション誌で行った編集の仕事は、ルチールというニュージーランドやオーストラリアなどで販売されている雑誌のために行った「ビハインド・ザ・レーベル」というプロジェクトです。
2005年の9月にスタートしたプロジェクトで、1ヶ月に一度、サステナブルなファッションデザイナーの記事を書くというものです。そうしたデザイナーは雑誌に掲載される必要がありましたし、そうする価値がありましたから。
これは、それまでのプロジェクトよりおもしろい仕事だったと思います。お金をもらいながら、私のクローゼットの中のサステナブルな服やデザイナーのこと、彼らの理念などを文章にするという仕事でしたから。

こうして、私のサステナブルなファッションを語ることで皆の関心を高めるためのインフラができあがっていきました。
今は、ディカバリーチャンネルのプラネットグリーンというテレビ局での仕事、ペイレスとのコラボレーション、インテリアブランドのポーティコがリローンチを行うにあたり、オーガニックテキスタイルなどのアドバイスをする仕事などを行っています。
個人的にも色々と行っていて、モザンビークで、アフリカの原住民が作るコンテンポラリジュエリーブランドを立ち上げたり、パーソナルケアブランドの立ち上げも行っています。
すべて、単なるスポークスパーソンとしてカメラの前で話すだけではなく、プロセス全体に関わっています。

Vol.2に続く

Summer Rayne Oakes
ウエブサイト:http://www.summerrayne.net/

Organic Portraits
ウエブサイト:http://www.organicportraits.com/

ECOFASHION 101
ウエブサイト:http://www.ecofashion101.com/

 


2008/12/21


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